違和感はなかった。彼の決意は理解できたからだ(幻想水滸伝)

 物語の核心部分に触れていると思う。と注意書きしておこう。幻想水滸伝3の敵の話である。彼は未来が絶望に包まれていることを知ってしまった。絶望を『体験』させられてしまった。だから、絶望を呼び起こすものを破壊しようと決意した、のだと思う。決意せざるを得なかった、のだとすら思う。たとえそれが世界を混乱に陥れることになってしまうのだとしても――もしもそれが仲間を不幸に突き落とすことになってしまうのだとしても、世界が破滅してしまうよりは『良い』と考えたのだろう。たぶん『世界が好きだったから』だ。たぶん『仲間が好きだったから』だ。世界の絶望を予見させられてしまったときに、この破滅を止めなくては、と彼に思わせたもの――それはおそらく、かつての仲間の存在だったのだろう、と私は感じたのである。だからこそ許せたのかもしれない。だからこそ納得できたのかもしれない。同じように私もまた彼のことを仲間だと思っていたからだ。仲間だと思っていたからこそ、その思いを想像することができたからだ。彼が敵対してしまったこと。彼が豹変してしまったこと。そういった単純なる状況の変化に『気に喰わなさ』を感じてしまっている人、は、思いのほかたくさんいるようだった。けれど私は、ほとんど違和感を覚えずにいられた。十分納得のいく変化だ、と思えたのだ。かつての仲間を大切に思っているからこそ、彼は、こういった変化を遂げる決意ができたのだろう、と思えたからだ。という物語が見えて、とても素敵だと思えた。だからこそ私は『幻想水滸伝3』という作品を肯定することが、称賛することが、できているのだと思う。