揺さぶられる言葉

 池袋要町のブックオフまで出かけてみた。給料日直後で金銭的余裕があったからだ。同時に、仕事が休みで時間的余裕があったからだ。言い換えれば、時間がありお金もあるときに「何かしようかなあ」と考えると、とりあえず本でも買いに行こうかな、という思考を出力してしまう癖が私にはある、ということである。では池袋に行くとしよう、と最初は考えていた。ジュンク堂に行こうと思っていたのだ。が、古本屋を巡ってみるのもいいかもしれない、とふと思った。思ってしまった。ので、どこに古本屋があるか調べてみたのだった。池袋要町に比較的規模の大きなブックオフがあるようだ、ということを調べ出してみたのだった。地下鉄。有楽町線に乗り換える。地下鉄独特の音を聞きながら、小泉義之氏の『レヴィナス 何のために生きるのか』を読んでいた。購入直後に冒頭部を少し読んでそのまま積んでしまっていた書物だ。読んでみたらとてもおもしろかった。かなり夢中だった、と言っていい。これこそが今の私が読むべき本だった、なんて感じることすらできた。言い換えれば、このタイミングで読むことができて良かった、と感じることができたのである。理想的な幸せみたいなものがあって、その幸せを獲得するために私は生きているのだ、といった人生論を語ってしまう人間に、頑張って精確な分析を行っているつもりかもしれないけどさ、あなたが心に抱えてる実際の気持ちとその考えはちょっとズレてたりするだろ、と問いかける書物だったからだ。そして、理想的な幸せがあって私はそのために生きているのだ、なんてことを語ってしまう人間、に、間違いなく『私』も含まれていたからだ。はっきり言って考えさせられた。揺さぶられたぜ、と言える。間違いなく快感だった。視野狭窄を自覚させてくれて、広いところや深いところを教えてくれる言葉は、いつだって少なからず気持ちの良いものだよな、と思う。池袋要町のブックオフにはそういえば行ったことがあったな、ということには、到着するまで気づかなかった。