論理的に穴の見える文章

 前項の思考にはたぶん少し穴があり、厳密に言うならそれは、前項の表現にはたぶん少し穴がある、と言うべき状態を意味する。誰かに指摘されるならおそらく埋めることのできる穴だからだ。つまり、思考に穴があるのではなく表現に穴があるだけ、だからだ。論理的に穴の見える文章には、表現が稚拙だから穴が見える文章、と、思考が稚拙だから穴が見える文章、の二種類がある。前項は前者だ。表現が甘いのだ。だから穴があるように見える。見えてしまう。製作した作家自身が愚かなのか、校正したはずの発行元が愚かなのか、みたいな話だ。が、読み手には、穴が開いていること、しか観察できない。どちらか見極められない。歴史が補完してくれることもあるだろう、とは思う。あの人ことだからちゃんと書いてないけど実際はわかってるんだろうな、というやつだ。しかし、いつもいつもそんな補完機能が起動してくれるわけではない。ということを忘れないほうがいいのだろうな、ということを考えていた。考慮しておくべきことだ、と思ったのだ。考慮したほうが栄光を獲得しやすくなるのではないか、と感じたからだ。強調表現すぎだ。