わかっていてもおのれを騙すことができる

 以前友人に、わかっているのに何で自分を騙すことができるんですか、という質問を受けたことがある。そうだよな、と思う。たまに自分でも不思議に思う。自覚しつつ自己欺瞞的行為を行っていながら、なぜそれがきちんと効果を発揮してしまうのか――なぜそれを受け入れることができてしまうのか、確かに少し不思議に思えるからだ。たとえば、大きな衝撃が心に傷を負わせてしまいそうなときに、価値観を反転させてみることで、最終的に心に届くであろう衝撃を緩和する、という『すっぱいぶどう的転換』とでも呼ぶべき精神操作法がある、と思う。時おり私も自覚的に利用している操作技術だ。が、おのれの監視下でそういった『おのれの認識を変化させる操作』を行って、なぜきちんと効果を発揮させることができているのか、たまに疑問に思ってしまう、というわけだ。だって自覚しちゃってるんだから結局錯覚させきれてないじゃないか、と思うからだ。要するにあまり強力な防衛力を持っていないってことなのかな、と現状では思う。逆に、精神操作を画策する言葉等が持つ突破力が高すぎるってことなのかな、と考えてみたりもする。影響が及ぼされるであろうことを理解していながら、セキュリティ側の持つ防御力が小さすぎて喰い止められない、ということなのか。あるいは、影響を与えようとする側の攻撃力が思いのほか強大すぎてどうしても喰い止めきることができない、ということなのか。