世界は称賛に値する

日記を書きます

遠くなればなるほど読めなくなっていく

 誰にも未来がどうなるかなんてわからない。間違いないのは『遠い未来になるほどわからなさが増していく』ということだろうな、と思う。五分後と五日後と五年後を想像してみる、ならば、遠くになるほど不確定になっていくのは間違いない、と思えるからだ。長期的な目標は抽象的なものがいい、なんて言われるのは、そのせいなのかもしれない、とふと思った。抽象的である、ということは、許容範囲が広い、ということだからだ。つまり、抽象的だとゴールの範囲が広くなる、のだ。だから、いろいろな道が選択できるようになる。いろいろな道のりがゴールに届くようになる。結果として『目標が達成される可能性が高くなる』わけだ。抽象的な目標が推奨されがちなのは、もしかしたらそれゆえなのかもしれないなあ、と思ったのだった。歌手になる、という目標よりは、音楽業界に入る、という目標のほうが『達成されやすい』し、音楽業界に入る、という目標よりは、音楽に関わった仕事をする、という目標のほうが『達成されやすい』だろう、という話。そして、長期間であることが確実に発生させてしまうブレを許容するために、長期的な目標には『抽象的な目標』が持つ柔軟性を活用したほうがいいのかもしれない、という話。