翔太と猫のインサイトの夏休み

翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない

翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない

P.156

「実際にはね、違いが発覚するまでは、同じ規則に従ってるって言っていいんだ。どんなことでも、ものごとを学ぶっていうのは、先生と同じことができるようになるってことじゃないよね? 大事なのは、文字どおり同じことができるってことじゃなくて、何が同じこととみなされるかっていう、その観点を身につけることなんだ。その観点がどういうものであるかを語れる必要はないんだよ。でも、観点を身につけなくちゃだめなんだ。たとえば、先生が1、3、5、7、って例を見せて生徒が数列の意味を理解するってことは、生徒がその先を自分で続けていけるってことだろ? そのとき生徒は、『奇数列』とか『+2』とかなんとか、そういう規則を語れる必要はないんだ。つまり、自覚障害であっていいわけさ。」
「そんなら、犬に芸を仕込むのと同じことなんだね?」
「いやいや、大きな違いはね、人間は規則を自覚する可能性とともに規則を身につけるんだよ。はっきりと自覚していなくてもね、人間はそのときひとつの『空間』を身につけるんだよ。」
「空間?」
「何かを理解するってことは、それが何の否定なのか、何でないことなのか、を理解することを含むんだ。正直な人っていうのはね、嘘をつくとか身振りで欺くってことがどういうことかを知ってなくちゃ駄目なんだよ。つまり、『正直‐不正直』っていう空間を身につけたうえで、そのうえであえて正直の方を選ぶ人が正直な人なんだ。だから、その人は選ぼうと思えばいつでも不正直の方を選ぶことができるんだよ。だからこそ、そいつは正直者なんだ。犬は嘘をつかないし身振りで欺きもしないよ。痛くないのに痛いふりをしたりはしないからね。だからといって、犬は正直者だとはいえないんだ。わかるだろ?」