おとなの小論文教室(山田ズーニー)

おとなの小論文教室。

おとなの小論文教室。

 最近は山田ズーニー氏の著書『おとなの小論文教室』を読んでいる。小論文教室、と明らかに銘打たれた書物だ。が、決して小論文教室などではない、と言い切ってしまっていいと思う。描かれているのが、小論文、などという狭い範囲に属するものだけではないからだ。もっと巨大なものが描かれているのだ、と思えるからだ。人生とか、自分とか、表現とか、思考とか、が、とても大切に、すごく切実に、叫ばれているな、と思った。以前から無論『ほぼ日刊イトイ新聞』の連載は読んでいた。表現かあ、と不意に考える。自分を表現すること。自分を表現することでわかってもらうこと。自分を表現することで人にわかってもらえているのだと思えること。そう思えることで得られる満足感。そして、その満足感が獲得されることで心に蓄えられるもの。おそらくそれらはとても重要なものなのだろう、と思える。とするならば、人生を生きていくためにはそれらがどれくらい必要なのだろうか。楽しい人生を歩むためにはそれらがどれくらい必需なのだろうか。満足し納得できる人生を構築するためにはそれらがどれくらい必須なのだろうか。無論、それらが無ければ決定的に何かが失われてしまうようだ、ということはわかる。わかっているつもりだ。むしろそのことが『おとなの小論文教室』では声高に叫ばれているからだ。