調整してくれる身体機能

 もっと肩の力抜いて気楽に行こうぜ、なんて気がつけば考えていた。この系統の思考はわりと定期的にやってくる。なるたけ気負って生活するようにしているからだろう。貴様には負けねえぜ、かかってこいよ、というような姿勢で世界と向かい合っているから、なのだと思う。なぜそんな姿勢を選んでいるのか、と問われるなら、気負うことは良いことだと思っているからだ、と答えられるかなと思う。気負いを持って挑みかかるように世界と向かい合ってみると、世界がとても輝かしいものに見えてくるのだ、ということを学ぶことができたからである、なんて言ってもいいかもしれない。だから、気負いというものに対して批難じみた思いを覚えることができないのだ。問題があるとすれば、気づかないうちに気負いすぎてしまうことがある、ということくらいかな、と思う。気負いは基本的に良い結果をもたらしてくれる。が、気負いが過ぎると良い結果は逃げ去ってしまうことが多い、と私は認識しているのだ。経験則である。過ぎたるは及ばざるが如し、というやつか。つまり、どんなものにも適量というものがあって、いくら身体に良いものであっても過剰摂取は良くないよ、という話である。で、もっと肩の力抜いて気楽に行こうぜ、という言葉は、過剰摂取を戒めるために定期的に訪れてくれる、いわば『定期健診』のような御言葉なのだ。過剰摂取が現れるのに合わせて自動的に発動してくれる『バランス調整機構』があるのだ、なんて言ってもいいだろう。かなりありがたい機構だなあ、と思っている。勤務は午後11時までだった。帰り際に軽いトラブルに見舞われる。警察を呼ぶような事態だった。が、特に被害なんかはなかった。通りすがりにトラブルを発見して報告してみただけだったからだ。で帰って『世界をよくする現代思想入門』を読みつつ寝た。