おのれのイデオロギーを殲滅せよ

 頭が回る人間だ、と思える人物が、おのれの思考の裏側にある信仰、に目を向けていない雰囲気を感じると、一度でいいからイデオロギーと戦ってくれないかなあ、とか考えてしまう。経験則として、一度でも自分のイデオロギーと対戦したことのある人間とのほうが愉快な会話ができる、と認識しているからだろう。おのれのイデオロギーと戦ったことのない人間と話していると、これはこうだろ、という根拠のない断言が会話中に登場してしまって、しかも純粋に思い込んでしまっているせいで疑問も差し挟みづらいから、申し訳ないけど興が冷めてしまう、のだ。おのれのイデオロギーと戦ったことのある人間、との会話には、あまりそれがない。だから心地良いのだ。ゆえに、頭そんだけ回るんだからおのれのイデオロギーくらい相手取っちゃってよ、と思ってしまうのだ。我が儘な話だ。