笑いどころが違う

 勤務開始は午後2時からだった。読む本がない、ということに気づく。普段はできるだけ書籍類を持ち歩くようにしているからだ。休憩時間を迎えて、手持ち無沙汰になる。普段あまり行かない古本屋を思わず覗いてしまった。書棚を一通り眺める。噂に名高い『涼宮ハルヒの憂鬱』が気になった。逡巡してから、いいかげん読んでみようかなあ、と決意を固める。蕎麦屋で月見うどんを食べながら読んでいた。最初の文章を読んだ時点でもう震えるくらいおもしろそうだった、なんてことはなかった。が、悪い印象もなかった。これは駄目だ、なんてことはまったく思わなかった。当然だろうか。当然なのだろう。帰宅は午後11時を過ぎた頃。レンタルしてきた『THE 3名様』を観賞していた。同時に栄養を摂取する。コメディだったんだな、と驚いた。詳しいことをまったく確認していなかったからだ。数名の友人が絶賛していた。のだけど、笑いに関する私の感性では、そこまでの評価は起こらなかった。笑いどころが違うということなのだろうな、と思った。笑わせるというのはほかの情動操作よりも難しいように思える、ということを、ひと頃よく考えていたな、ということを不意に思い出した。その思考もまた、人によって笑いどころはかなり違うようだ、という認識から始めたものだったはずだ、と思い返す。