わりと『自分らしさ』も良い言葉だと思っている

 比較的揶揄されがちな『自分らしさ』という言葉が私はそれほど嫌いではない。なぜなのか、と考えていた。理想の自分、を見つめた言葉だからだろう、と考える。理想の自分をきちんと見つめてそれを目指している人間を好んでいるからだろう、と思う。無論、揶揄したくなる気持ちもわからないではない。いわゆる『自分らしさ』という言葉を、理想の自分を見つけようとするとき、に使うのではなく、理想の自分を誰かが与えてくれるのを待っているとき、に使う人も多いからだ。言うなれば私は、勤勉な『自分らしさ』と怠惰な『自分らしさ』がある、なんて考えているわけだ。にもかかわらず、まるで怠惰版しかないように扱われて、自分らしさ、という言葉は批難されている、ように見える。なんだかそれはもったいないな、と感じてしまったのだった。綺麗な言葉が、使用者の怠惰や醜悪によってみすぼらしく見えている、という状況は間々あって、それはわりと嫌いだ。