なぜ抽象化するのか

 すべては個別の事象である。しかし、通常の人間は、それを認識してから、概念化、抽象化、単純化、普遍化、一般化、などを行う。つまり、無駄を削ぎ落とす。そして、そこから思考を行う。なぜわざわざそんなことをするのか。人間には時間がないからだ、と私は考えている。人生が限られてしまっているから、抽象化なんかが必要になるのではないか、と考えているわけだ。抽象化による学習はおおむね効率が良いからだ。抽象化、ができると、似たような事象、を『参考資料』にすることができる。抽象化がきちんとできていれば、かつての失敗、から、眼前の失敗、について、近似した要因を取り出すことができたりする、わけだ。そこから、かつての失敗の原因だった『これ』を取り除けば今回は同じ失敗をせずに済むな、なんて素早く考えることもできる。ゆえに効率が良くなる、というわけである。抽象化思考の長所だ、と言える。が、だからといって、それぞれ個別の事象である、ということを忘れていいわけではない。同じような事象、は、決して『同じ事象』ではないのだ。そのへんを甘く見ていると思わぬ反撃を喰らってしまうだろう。最善策はマルチタスクなのだろうな、と思っている。個別の事象としての思考、と、抽象化を行っての思考。どちらも並行的に思考させておいて、最後に、見比べながら、最適な噛み合わせを模索していく。たぶんそのへんが最良の技術なんだろうな、と考えている。