なぜそれをするのか、がなぜ問われないのか

 なぜそれをするのか、と問われない日常が数多くある。なぜ日常は問われなくなりがちなのか、と疑問に思う。そして、それにはさまざまな答えが返せるように思う。問題は物凄くたくさんあってうまくいっているものをわざわざ改めて問う暇があまりないから、とか、うまくいっていると感じられて比較的幸せな雰囲気なのにわざわざ問い直してそれを壊してしまうのは怖いから、とかだ。人間は比較的めんどくさがりだから、習慣になっているものを再点検しようという気概が湧きにくいのだ、というような回答も思いつく。