哲学はこんなふうに(アンドレ・コント=スポンヴィル)

 これらすべての証明は、余計なことまで証明していると同時に必要なことを証明していないという共通点をもっている。これらの証明が、必然的で、絶対的で、永遠で、無限で……あるようななにものかの存在を証明してはいるにしても、そのなにものかがほとんどの宗教において理解されている意味での『神』であることは、つまり、存在しているだけでなく人格であり、実在であるばかりでなく主体であり、なにものかであるだけではなく誰かであり、――一個の原理に尽きるものではなくひとりの父であるということは証明できていないのだ。

 第七章の『神』の項を読んでいた。突き詰めれば神の前では哲学など無力だ、というような光景が描かれていた。楽しかった。思わず笑ってしまった。神概念が持つ驚異的な強靭さと、その強靭さを見せ付けてくれた鋭い思考がとても心地よかったからだ。にしても哲学の無力を眺めて愉快を感じるなんて、実は私は哲学が嫌いなんだろうか、というようなことを思いついて、自問する。しばらく悩んでみて、ああ違うな、と結論することができた。おそらく哲学の限界を知ることができたのが嬉しかったのだろう、と思う。哲学が好きだから、好きなものの不得意を知ることができて嬉しかったのだ。要するに、好きな人の嫌いなものを知ったときなんかにちょっと嬉しくなれるようなもんか、と思う。