たくさんの言葉を聴いてきた

 勤務中にパソコンを操作していた。キーボード叩くの速いよな、という話になった。確かにキーボードを操作するのは得意なほうだ。中学時代から操作し続けているのだから当然だろう、とは思う。あのときパソコンに出逢ったことによって、私の人生はおそらくかなり変わったんだろうな、なんてふと思う。現状の私の感性の五割程度は、パソコン通信によって獲得した経験で形成されているようだ、と感じられるからだ。中学時代にさまざまな人間の言葉を聞くことができた、という経験が、物凄い糧になっているな、と感じているのである。統計ではおおむね、サンプル数が多いほうが正確な数値に近づく、と考えられている。とするなら、パソコン通信やインターネットを活用して多くの人間の意見を読んできた人間のほうが、正確な『一般的意見』に比較的近づけているのではないだろうか、と考えられる。物凄い糧になっている、と考える根拠はそれだ。つまり、たくさんの言葉を聞いてきたおかげで判断する際に使う材料がたくさんあるぜ、というようなことを考えているわけである。無論、パソコン通信やインターネットで意見を開示する層、というのはかなり限られていて、明らかに偏っているから、サンプルとして扱う際には、ほかの領域にもきちんと目を向けておかなければならない。のだけど、もしもそれを自覚しているなら、おそらくかなり有用な経験になっているではないか、と考えているのだった。