シリーズ・哲学のエッセンス デイヴィドソン 言語なんて存在するのだろうか(森本浩一)

デイヴィドソン ?「言語」なんて存在するのだろうか シリーズ・哲学のエッセンス

デイヴィドソン ?「言語」なんて存在するのだろうか シリーズ・哲学のエッセンス

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 他者が考えていることを言語を通じて理解するというのは、われわれが生きていく上での最も基本的ないとなみです。例えば、友だちとバーベキューパーティーの準備をしている場面で、あなたがひとりで食材の買い出しに出かけようとしていたとします。そのとき、そばにいた友だちのひとりが、
 おれ(わたし)も一緒に行く。
 と言ったとしましょう。まずあなたには、この文が「この文の話し手が自分に同行する」という意味を持つことがわかります。「行く。」という言い切りの表現によって、話し手の同行の意志が表明されていることも容易に理解できます。しかしそれだけではなく、イントネーションその他の理由から、話し手は食材に関するあなたの知識を疑っている、あなたを善意で手伝いたいと思っている、あなたとふたりだけになりたがっている、などの意図をあなたは推測するでしょう。さらに、食材選びの能力を疑うことが仲間うち特有の軽いジョークであることを暗示する意図、その暗示によってお互いの親密さを確認しようとする意図、等々にまで思いいたるかもしれません。
 もちろんこれらの様々な「含み」は、確実なものとして瞬時に思いつくこともあれば、確証のない主観的な推量にすぎない場合もあります。しかしいずれにしても、あなたは派生的な解釈を通じて話し手の心に到達するよう、おのずから誘導されるはずです。