きっと次が最後

 以前働いていた店舗の手伝いに行っていた。午前9時出勤だった。こうして手伝うのももしかしたら来週の火曜日が最後になるかもしれないな、と考えている。少なからず寂寥を感じてしまう。これで最後だ、と、もう何度も言った、し、もう何度も思った。偶然か運命かその『最後』は伸び伸びになっていた。わけだけど、そろそろ限界だろうな、という雰囲気を感じるのである。申し訳ない、とか思ってしまう。なんかごめん、とか思ってしまう。のは、きっと私が傲慢だからなのだろう、とふと考える。たぶん私は増長しているのだ。たぶん私は慢心しているのだ。なぜなら、いなくなってしまって申し訳ない、と思ってしまうのは、自分がいなくなる、ということに『価値の欠如』を見ている、ということを意味するからだ。つまるところ私は、自分には価値があった、と妄信しているのである。もっとちょっと謙虚になれよなあ、とか思わず呟いてしまう。過信していると前進速度が鈍ってしまうからだ。謙虚さは大事だ、なんて思っていたわけだ。家路の電車に揺られていた。以前の店長と一緒だった。不意に携帯電話が震える。電話がかかってきていた。マツ嬢およびフミ嬢からだった。続いてメールも届いた。飲みの誘いだった。考えるまでもなかった。オーケイ、と答える。そして、そのまま向かおうかどうか、迷った。