空を美しいと語る言葉

 情景描写をもっと重視してみようかな、と最近は考えている。そんなことを考えるようになったのは、情景描写が素敵な文章に惹かれたからだ。論理的に考えてみる、というだけでなく、言葉が持つ印象や雰囲気や感触や肌触りを巧みに利用し利用し尽くして世界を綺麗に描写してみる、というような行為に、魅力を感じたのだった。言い換えれば、そういった技術をもっと鍛錬してみたいな、と感じたのだった。というような文章はまったく情景描写じゃないよな、と思いながら書いている。初冬と言えるような時期か、とふと思う。最近は穏やかな天気が続いているなあ、なんて考えながら、澄んだ初冬の青空を見上げていた。情景描写しよう、と考えて、風景を心に思い描いてみると、短絡的に『空』について書きたくなってしまう、のだった。その単純さにはあきれる。が、やっぱり空が好きなんだよな、とも思ってしまう。つまり自分にとって空は特別なのだ、と考えているわけではない。ただ、特別さを感じるくらい『空を美しいと語る言葉』にたくさん出会ってきたのだろう、とは考えている。午後2時出勤。電車に揺られながら以前の職場へ手伝いに出かけた。忙しいんだろうな、と予想していた。土曜日だしな、と考えていた。実際それなりに混んでいた。かなり真剣に働いた。楽しかった。忙しいのって燃えるぜ、なんてのんきに考えていた。そんな風に考えることができたのは、忙しくて本気で働かなければならない、という機会が最近あまりなかったからだろうか、と考えてしまった。が、おそらく違うだろう、と思った。きっとそれだけ強くなれたのだろう、と思えたからだ。あるいは、そんなつまらないことを気にしなくなっただけだ、と思えたからだ。多少の忙しさなど気にするに値しない、と、感じられるようになったのだろうな、と思う。もっと問題に思うべきことはたくさんある、ということを認識するようになったからだ。