経験則をとりあえず前提にして生きていく

 たとえば『誰でも弱さを持っている』というような命題。あるいは『誰でも強くなることができる』というような命題。そういったものを私は『暫定的に《真》だと置いて思考してみることで理想的な未来を創造していくことができる命題だ』と認識している。だから、実際それらを、それじゃあ暫定的に《真》だと判断しようじゃないか、と決断して活動しているつもりだ。確実な根拠などない、ということをきちんと受け入れてから思考の前提として引き受けているつもりだ。つまり、所詮は経験則に過ぎない、ということを考慮しつつ活用しているつもり、なのだ。なんてことを数日前と同じように考えていた。盲信している可能性を恐れたのだろう。基礎や土台を再点検、といった風情か。