雷電本紀(飯嶋和一)

雷電本紀 (小学館文庫)

雷電本紀 (小学館文庫)

 見物した後までもずっと心に残るのはその郡を抜いた体や技や力、それよりも、ああして何の妥協もなく、一心に全力をふり絞り相撲う。その怒りの激しさだった。まだ前髪を落としていない二十三、四だと伝えられる若い衆が、強大なものにたった一人で立ち向かっているように見える。何も持たず、何もまとわず、裸同然で、おそらく相手の東方力士ではなく、その背後にあるもの。

 雷電という相撲人の人生を描いた小説だった。おもしろかった、と思う。が、あまり煌びやかなおもしろさではなかったな、とも思う。じんわり染みるようなおもしろさ、という雰囲気だった。だから、誰にでも推薦できるおもしろさだな、とは思わなかった。楽しめる人には凄く楽しめる小説だろうな、ということは考えていた。私にとっては『未知の領域に属する小説』だった、と言える。あまり読んだことのない小説だったからだ。こういう小説もあるんだな、と認識できた。認識できて良かった、と判断している。雷電というのは江戸時代に実在していた相撲人だ。驚異的な強さを誇る相撲人だったらしい。つまりこれは、現存する資料から構成された物語、だった。ゆえに、歴史小説、と呼ばれる小説なのだろう、と考えていた。物語は大きく四つに分かれている。相撲人以前の物語、相撲人若手時代の物語、相撲人最盛期の物語、相撲人末期の物語、だ。それぞれにそれぞれの魅力があるように思えた。雷電の可能性が語られ、雷電が変えた世界が語られ、雷電の強さが語られ、雷電の想いが語られる。雷電は強い人物だった。身体的な強さばかりではなく精神的にも驚くほど強い人物だった。仁・義・礼・智・信を兼ね備えていた。私はそういった人物を見るのがとても好きだ。尊敬できる。だから、雷電の美しい生き様を見ているのはとても楽しかった、と言っていい。私が感じているおもしろさの半分以上はその趣味に依拠しているはずだ、とすら考える。相撲に今まで興味はなかった。のだけど、この小説を読んだことで、わりと興味が湧きだしているかな、と思う。この小説で描かれているような熱くて真摯な精神が今もあの土俵の中に少しでも秘められているのなら、それを知ろうとしないのはとてつもなく損だろう、と感じたからだ。戦いの場面が淡々と、しかし、とても熱く美しく描かれていた。というのが描写に感じた特徴だった。