すごくはない会議

 窓から地下鉄特有の闇と光を眺めていた。眺めながら、思い出していたのは社員登用の話を聞いたときのことだった。二年弱ほど前の話だ。社員になるのは正直怖かった。実際嫌だった、自由が奪われる、というようなことを恐れていたのだと思う。けれど、恐れることなど何もなかった、と今ならば言える。少なくとも私の場合はほとんど何も変わらなかったからだ。もともと自分の意志で行動していたからかな、と楽観的に想像する。最初は無論、義務感をよって働いていた。お金が貰えるから対価として動こうじゃないか、という状態が、私にとっての『働く』ということだった。でもいつの間にかそれは変化していた。私が働きたいと思うから、働くことで助けたいと思うから、働くことで助けられることが嬉しいと思えるから、動くのだ。と、そういった意志が、私にとっての『働く』ということになっていたのだった。そんなもん就職しようが業務が変わろうが変わるわけがない。そして、実際変わらなかった。昔も今も目指すところは同じだった。ゆえに満足感も同じだった。ただ、やっている作業が変わっただけだった。午後1時出勤。会議に参加した。準備段階の打ち合わせだった。恵比寿。軽い睡魔を覚えつつ話を聞いていた。ああいうのはいいことばっかり言うんだから本気にしないようにな、と忠告を受けていた。考慮しつつ聞いていたつもりだ。とはいえ、まるっきり嘘というわけではないのだろう、と冷静な人格は思っていたようだ。詐欺とは違うからだ。終了後、飲み会に移動。食事がおいしかった。わりと楽しかった、とも思う。普段話す機会がない人と話すことができて結構嬉しかった。が、未熟だ、ということを思い知らされたりもしてしまった。マナーの習熟度が低い、ということを意識させられてしまったからだ。要検討要素だ、と考える。