黎明期にかかわった歓喜

 ファミコン時代を知らないことが、テキストサイト時代を知らないことが、かわいそうなことだとは思わない。微塵も思わない。欠片も思わない。決して不幸なことではないからだ。でも、ファミコン時代にかかわれたことを、テキストサイト時代にかかわれたことを、私は本当にありがたく思っているのだった。嬉しく思っているのだった。それはおそらく、黎明期に携わることができたことへの喜び、のようなものなのだろう、と思う。歴史の一端にかかわることができたことの歓び、のようなものなのだろうな、と考える。