個性はどこにあるのか

 いわゆる『個性』なんてものを発揮するのは型を憶えてからだ。という理屈には納得できている。つもりだ。が、そう考えてしまうと見逃してしまうものがあるよな、という感覚がずっと消えない。無知が持つ無限の可能性(猿がキーボードを叩いてシェイクスピアが描かれることだってある、という系統の可能性)に未練があるだけなんだろうか。あるいは、学んだ『型』を盲信したときに現れる愚かを恐れているのだろうか。既知と盲信は違う。それを見誤ると隙ができる。その隙を嫌がっているだけなのかもしれない。型を憶えろ、と言われることが多いから、本当かな、と疑っているだけ、という気もする。