衝撃に備えて

 話を聞いて衝撃を受けなかったわけではない。だが、その衝撃を予想してはいた。衝撃を受ける、ということが予想できていれば、その衝撃に備えた理論を先んじて自分の精神に組み込んでおくことで、人間はある程度それに対処することができる、と、私は基本的なところで信じている。つまるところ私は、そういう状態を作ることで衝撃に対処したのだった。こういう精神的なコントロールは比較的得意なほうだ。わりと器用かもしれないな、と認識している。だから、ひさしぶりの仕事に支障が出るようなこともなかった、と言っていい。四連休明け。午後2時出勤。わずかな懸念材料はあったものの、とりあえずはつつがなく仕事を終えることができた。そして終電に乗って家路につく。問題はむしろここからだった。途中の駅で電車が完全に止まってしまったのである。事故の影響でしばらく停車します、というアナウンス。動き出す気配はまったくなかった。ついには、料金はあとで払うのでタクシーで帰ってください、というアナウンスまで流れ始める。が、こんな状況でタクシーなんて拾えるわけがない。観念して歩き出す。所詮3駅だしどうにかなるだろう、と考えた結果だった。しばらく歩く。タクシーを捕まえられたのは本当に偶然だった。タクシーに乗りながら、3駅はきつかったかな、と苦笑を浮かべるのだった。