解釈学と系譜学

『転校生とブラックジャック』永井均

 解釈学的探求は、自分の人生を成り立たせているといま信じられているものの探求である。
 系譜学は、現在の生を成り立たせていると現在信じられてはいないが、実はそうである過去を明らかにしようとする。

 つまり系譜学は、今の私の人生はこの過去によって成り立っている、と思えるものに対して思索を向ける学問ではない。今の私の人生はこの過去によって成り立っている、と思える(むしろ今となってはそうとしか思えない)視点そのものを作り出す過去がどこか別にあった、という可能性を探求するための学問だ、と言っていい。自分ではもう『意識できない』過去にこそ本質がある、と考える学問。ここで重要なのは『意識できない』ことである。意識できてしまったらそれはもう系譜学ではない。解釈学なのだ。つまり、系譜学的思索の結果何かに気づいても、それはその瞬間、解釈学に転じてしまうのである。