転校生とブラックジャック 独在性をめぐるセミナー(永井均)

転校生とブラック・ジャック―独在性をめぐるセミナー (双書・現代の哲学)

転校生とブラック・ジャック―独在性をめぐるセミナー (双書・現代の哲学)

学生F――違います。どうしても統覚主体とか超越論的自我という言い方がしたいなら、現に唯一の統覚主体、現に唯一の超越論的自我が、なぜか同時に特定の人物、すなわちFであるということが問題なのです。同じことがCにも言えたり、Dにも言えたりはしないんですよ。
学生E――そうそう。Fさんはいいことを言うね。Fさんがそんなことを言ってくれるとは思ってもみなかった。
学生F――いえ、私はこういう考え方に賛成しているわけではないんですよ。こういう語り方でなければ問題が正確に表現できない、と言っているんです。哲学においては、論敵の議論をより有意義なものに育てるためにも、できるかぎり協力しなければならないって、いつも先生から教わっていますから。
先生――すばらしい生徒だ! でも、論敵なんて概念自体を拒否したほうがもっといい。
学生F――首尾一貫した整合的な議論を目指すためには、その都度の、かりの論敵は、やはりいたほうがいいと思いますけど……。

学生F――私も、哲学は本来、それ自身の中に考えられるかぎりの可能な批判のすべてをあらかじめ内属した形で提示されるべきものだと思いますよ。そして、対立する主張のどれが自説であるかという問いは、哲学には妥当しないはずです。哲学における自分の見解というのは、問題の提示とそれをめぐる可能なかぎり他方向からの吟味検討それ自体であるべきだと思いますから。