バッカーノ! 1931 特急編(成田良悟)

バッカーノ!1931 特急編―The Grand Punk Railroad (電撃文庫)

バッカーノ!1931 特急編―The Grand Punk Railroad (電撃文庫)

 明日死ぬ可能性がある、という事実を見つめて生きることは人生を変える。それと同様に、俺は絶対死なない、という事実を生きることもまた人生を変えるはずだ。この物語には、死なない男が登場する。不死者の存在はこの『バッカーノシリーズ』を支える屋台骨とも言うべき部分だから、改めてそんな風に言う必要があるのかと疑問に思われるかもしれない。確かに改めて言うほどのことではない、と私も思う。だから私が言いたいのは彼ら『不死者』についてではない。この物語の裏主人公とでも言うべき『線路の影をなぞる者(レイルトレーサー)』について、である。言ってしまえば、世界は『線路の影をなぞる者』のためにある。少なくとも怪物自身はそれを信じている。だから、世界は『線路の影をなぞる者』の思うがままだ。できると信じたことはできるし、死なないと思っているから死ぬこともない。おのれが万能でないことも理解してはいるが、でも努力すれば絶対できる、とも考えている。できると思ったことはできるという命題と、万能というわけではない(できないこともある)という命題がどこかで有むであろう矛盾は、信じる力がまだ足りていない、という条件で解消させているんだろう、と想像する。実際『線路の影をなぞる者』は強い。無敵、と表現しても良い。そして、その強さが彼の絶対的な信念を支え、その絶対的な信念がまた、彼の強さを追増させる。そういった強化の螺旋構造であれだけの強さを保持しているのだと思う。なんでこんなに『線路の影をなぞる者』について語っているのかと言えば、ヤツの格好良さにある意味惚れたからだ。繰り返しになるけれど、物語の舞台は大陸横断特急列車。交錯しあうは殺戮集団と武装テロリスト集団と強盗を企む不良集団と不死者と医者と無賃乗車と天下無敵の怪物と天下無双のバカップル。下巻『特急編』は物語の裏側とも言うべき部分で、おおむね『列車の外側』で起こった出来事が描かれている。マジオモシレエ、と唸らざるを得なかった傑作だ。上巻『鈍行編』では、乗っているはずだった不死者や殺し屋の存在がまったく語られていなかった。結局誰が不死者で誰が殺し屋だったんだろう、という疑問が残った。それが今回は冒頭でいきなり明かされて、予想外のそれにちょっとばかり驚かされて、でもって彼らが『鈍行編』に劣らぬ素敵な絡み合いを見せるわけだ。これで私が読んだ成田良悟作品は4冊目。最初は無論『バッカーノ!』で、次が『ヴぁんぷ』で、その次が上巻『鈍行編』で、最後が『特急編』だった。現状では、読み進めるに従って着実におもしろくなっている。錬磨されている、と感じる。この躍進が続いてくれれば私としては嬉しいところだ。