気遣いの裏側

 気遣いはおせっかいと紙一重。同じ行為でも『嬉しい思いやり』になったり『ウザいおせっかい』になったりする。どちらになるかは受け手の感覚次第だ。自分の気遣いを相手に『嬉しい思いやり』として認識してもらいたいと願うのであれば、考えなくてはならないのは、それまでの文脈、と、実際に気を遣う場面での技術、についてなのだと思う。つまり、今までの付き合いでどう思われているか、と、具体的にどう言いどう振舞うか、について、だ。付き合いが長ければ前者が重要になるし、付き合いが短ければ後者が重要になる、と私は考える。そして最も重要なのは、おせっかいと思われる可能性がある、ということをきちんと自覚すること。要するに、それが本質的にはおのれの身勝手に過ぎないことを自覚し、たとえおせっかいと思われても責任は自分が負う、と覚悟することだ。