良質の人材について

▼人材、という言葉で人間を捉えることの是非、を考えることがある。前に『人材という言葉で人を捉えることはどうなのか』といった疑問を考えていた人物がいて、その人の思考を読むのがわりと好きだったから、その影響が残っているのだろう。しかし、たとえ私がいくらそれを『間違い』だと考え、断罪したところで、その言葉が世界から無くなるわけではない。だから『そんなのは間違いだから無くなってしまえ』というような思いを背景にそれを考えても、ほとんど意味はない。その思いが叶えられることはないのだ。だから、私が考えるのは、あくまでも、それが持つ美しさや醜さについて、であり、それを行うことで得られるメリットとデメリットについて、に過ぎない。そこにある美醜と利点欠点を判断し、自身の生き様のなかにどう位置づけるか、ということを考えているわけだ。
▼就職して、店舗の管理の一部を担うようになって、人材、という価値観で人間を見ることが増えた、と思う。店舗経営においては、人間の持つ『人材としての価値』が重要だからだ。人材としての価値、というのは、大雑把に言えば、その人が組織内に組み込まれたときにどれくらい貢献してくれるか、ということであり、その人が組織のなかで広げる波紋が結果的にどんな影響をもたらすか、ということである。しかし無論、人にとって『人材としての価値』だけが重要、なんてことを言いたいわけではない。それだけを考えて人を評価しているわけではない。ただ、就職してからは、以前までそれほど意識することのなかったその評価軸が、重要な位置を占めるようになった、というだけのことだ。
▼人に対する評価軸が変化したのは、もちろん、私自身の環境が変わったからだろう。繰り返しになるが、就職したことでそれは変わった。つまり、就職にともなう変化が私の意識を変えた、のだ。さしあたって思いつく変化は三つ。バイト時代とは違うところ、だと言える。ひとつは、売上というものをある程度重視するようになったことであり、ひとつは、長期的な視野を持つようになったこと、である。そして、ひとつは、自分が採用を決定する権限を持ったこと、だ。この三つの変化が、今の私に『人材としての価値』を意識させているのだと思う。売上を上げるなら良い人材がいるに越したことはないし、長期的に考えるなら良い人材が揃っているに越したことはない。そして、その人材を取り込むかどうかを決めるのは自分なのだから、どうしたって真剣に考えざるを得ない。バイト時代は、売上をあまり気にしていなかったし、短期的な視野でまあまあと思えればそれで満足していた。採用の権限も当然なかった。ゆえに、思考の対象にもならなかったわけだ。