コンビニで切手が買える

▼意識してそうしようと決めたわけではなかったのだが、ひさしぶりに睡眠時間を削ってしまった。ドラクエのためだ、と言っていい。昨晩は、終電を乗り過ごしたせいで、自宅まで一駅歩くことになってしまった。その結果、私が我が家の玄関を開いたときには時計は午前一時を示そうとしていた。帰宅してすぐに食事をとる。それからしばらくはパソコンで日記を書いたりしていた。月曜日だったので、伊集院光のラジオを聞きながら作業を進めていた。友人のユウ氏とメールでドラクエ情報を交換したり、仕事場から仕入れてきたCDを聞いたりもしていた。たとえば、ゴスペラーズのアルバムで『星屑の街』を聴いた。最近聴いていなかったお気に入りの一曲である。きちんとドラクエを始めたのはそれからだ。▼おそらく午前3時くらいに一度寝たのだと思う。寝よう、と決めて寝たわけではなかったから、記憶が曖昧だ。昨晩ドラクエにおいて、寝る前に進めた部分、というのは、実質的には少なかったのだと思う。気づかないうちに眠ってしまった。結局、午前7時前後に目を覚まして、再度ドラクエを始める。仕事は午後2時からだから、準備を始める12時くらいまではプレイできるな、と計算。とはいえ、ドラクエばっかりやっていたわけではないから、5時間まるまるプレイできた、というわけではないが、それでも比較的たくさん進めることができた、とは言える。▼仕事先で使う切手が切れていたので、通勤途中にコンビニで買う。そういえば、最近になるまで、切手はコンビニでも買える、ということを知らなかった。だから、ハガキとか出すのってめんどくさい……、と思っていた。コンビニで売っていることを知ってからは、無論、当然その感覚も消えた。コンビニ便利、と再認識した、と言えよう。意味重複を意識してしまう微妙な認識だけど、実際にはかけらも重複していないので問題ない。▼午後11時まで仕事。入力が必要なデータがずいぶんたまってしまっていたので、それの処理を終える。帰りの電車のなかで、ここ最近ずっと読み続けていた、永井均氏の『私・今・そして神 開闢の哲学』をようやく読み終えることができた。しかしこれは、本当に、読み終えた、ということでしかない。堪能した、なんて、とても言えないし、理解した、と言うのもおこがましい。ひとつひとつの話を断片的に理解することは(思いあがりかもしれないが)ある程度できた、と思う。しかし、それらを貫いて存在していた『おおもとの感覚』が、どうしてもうまく飲み込めなかった、と感じている。この本の場合、同じ視座に立てなかった、と言うべきか。おのれの読解力の弱さと想像力の甘さを痛感させられた。再読を決意する。もう少しまとめながら読むべきなのかもしれないな。▼珍しく、友人のヤド氏からメール。仕事を終えたあとに気づいた。実際に顔を合わせる頻度はそれほど多くない友人だ。が、小学校からの付き合いなので、会ったときに気兼ねせずに話せる友人にひとりであることは間違いない。ここを読んでいる様子だったので、あえてこっちにも書かせてもらった。まあマジで近いうちに遊びましょう、と書いておこう。飲みましょう、と書こうとも思ったのだけど、歳を食うと社交性がすぐ『飲む』ことに直結してしまうのが最近はちょっと不満で、あえて避けた。別に、今度飲みに行こうぜという対話が嫌だとかそういうことではない。