勝ち続けられる運ゲー(理想の運ゲー)

▼▼運ゲーを嫌う状況や傾向は素直に想像できるのだけど、明らかなる運ゲーであったとしても、勝った時、勝っているあいだ、だけは、面白かったりする(気持ちよかったり続けてもよかったりする)、からなあ……、というような印象もあって、つまり、勝ち続けられるのであれば運ゲーというものも肯定しうるのかな?(ぜんぜん肯定できないという話でもないのだけれど) というようなことも、思ったりはする、のであった。
▼▼勝ち続けられる運ゲー、というのはしかし、語義矛盾になるのかなあ……? 運否天賦が絡んでいるように見えて、結果は、同じ、というならば、結局「運」ではない? とはいえ、運、と錯覚させることは可能っぽい気もするけれど……。勝敗の基準を複数用意して勝者と敗者を誤魔化す、という切り口もありうるかな……。というか、敗者がいないと勝者って存在させられないんだっけ……。

ビビってから、当然さに至って、枠組み整理しようとする

▼▼可愛いは正義、という言葉が指し示している現象の、怖さ、を最初に思ってから、接している時の気持ちよさや不快さに寄り添うようにして判断が為されるのなんて当然、とツッコミ的に考えていることはかなり多くて、じぶんが「世の中の構造を理解」しようとした時、って、おおむね、こういう順番で頭を使っているな、と思ったりもした。